誓約

「誓約」とは誓って約束することです。生活の中ではあまり使わない言葉です。キリスト教式の結婚式では、「誓約」という次第があります。これは、全能の神様の前で誓い、お互いに約束をすることを意味します。この「誓約」こそが結婚式のクライマックスだと思います。指輪の交換がクライマックスではないのです。
ある結婚式で、新郎新婦が次のような誓いのことばを交わしたというのです。「私に愛情がある限り、この人と一緒にいることを誓います。」驚きです。この夫婦の結婚生活はどのようなものになるのでしょうか。結婚のはじめから、「意思」が見られず、長続きするのかという不安を抱えているように思います。男と女の間にある愛情は、他の感情と同じで、浮き沈みがあります。だからこそ、夫婦の関係を確かなものにし、長持ちさせるためには、「誓約」に立ち続けることが必要です。この「誓約」への忠誠心は、感情ではなく意思の問題です。親が子どもに「愛情を感じている間は、親でいてあげるけど、愛情が感じられなくなったら親子の関係は解消!」などということがあるでしょうか。もし万が一、このようなことを言われた子どもがいたとしたら、その子は安心して生きていくことができないでしょう。親がいい加減な気持ちで家庭を導いているとしたら、安定感のある家庭は築けません。家族関係は不安でいっぱいなものになってしまします。
キリスト教式の結婚式で新郎新婦が「はい」と答える「誓約」の内容は
「あなたは今、この○○をめとって夫/妻となろうとするのでありますが、あなたは、この結婚が神の御旨によるものであることを確信しますか。また、あなたは神の教えに従って夫/妻としての道を尽くし、常にこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助けて変わることなく、その健康の時もまた病気の時も、これに対して堅く節操を守ることを誓約しますか」です。これは、感情ではなく意思を確かめているのです。感情を否定はしません。列車に例えるならば、感情は2両目以降。運転席のある先頭車両こそが、日常生活のアップダウンにもめげずに、目的駅にまで牽引しようという堅い意思を表しているのです。「誓約」を大切にしたいものです。