夫の理解があるので


小さな子どもを育てている母親にとって、嬉しいものの一つに「夫からの理解」があげられるのではないでしょうか。幼稚園や保育園に上がる前の子どもを育てているお母さんの忙しさは並大抵ではないでしょう。朝から晩まで腰を下ろす暇もないほどです。家事をこなし食事を作り立ちっぱなしの連続作業です。精神的な疲れもたまりにたまります。2歳児から4歳児くらいの子どもは、おしゃべりが大好き。質問も大好きです。「なんで」「どうして」の連発に母親の神経は、ますます疲れがたまります。おしゃべりに加えて、危険なものとそうでないものとの区別がなかなか出来ないのもこの時期の子どもの特徴です。目が離せなくなります。金切り声を上げてしまうことは日常茶飯事かも知れません。朝は、元気にスタートしたものの、夕方になるときにはヘトヘトになっていることもたびたびです。

そうしたときに、夫に出来ることは何でしょうか。有給休暇を取ること?母親に変わって家事育児をすること?これも良いかもしれませんが、正解では無いでしょう。では何か、それは妻に理解を示すことではないかと思うのです。大変な仕事を毎日毎日、家の中で繰り返してくれていることを理解してあげるのです。人は誰かから理解されるだけで気持ちが支えられるものです。特に女性は「自分の気持ちを分かってくれる人がいる」と思えることは重要です。最愛の夫から「大変だったね。お疲れ様」と言われただけでかなりのストレスにも耐えられるようになるのかも知れません。夫が、きょうあった一日の話を聞いてくれるだけで妻のフラストレーションはかなり軽くなるのかもしれません。たとえ、夫が具体的な助けをしてあげられなくても、妻を思いやり、妻の問題を共有してあげるだけで妻は「明日もがんばろう」という気持ちになれるものなのでしょう。「俺だって疲れているんだ」といいたくなる気持ちが押さえることが出来たならば幸いな日々が送れるのではないでしょうか。

専業主婦


職業選択の自由は法律で保護されている大切な権利です。しかし、このような職業はみんなに言いにくい、と感じてしまう人もまだいるようです。女性にとって、主婦であると言うことを一生の仕事としては恥ずかしいと思う人がおられるのです。ある大学の教員のゼミ生が次のような相談をしたそうです。

 学部の卒業後、就職か大学院進学かということについていろいろと話し合ったのだそうです。しかし、話の終盤になって彼女は急に口ごもって、周りの人に聞こえないような小声で内緒話のように話したのだそうです。

「本当のことを言うと、私、就職する気も、大学院に進学する気もないんです。結婚して家庭を築いて、母親になりたいと思っているんです。」

 教師は、彼女に質問しました。

 「そうなの。でも、なぜそれを恥ずかしいことのように話すの。自分の人生なんだから、自分が希望するように歩んで良いんだと思うよ。」

 彼女の答えは

 「でも、こんなことを友達に知られたら『今どき何を考えているの』

  って言われてしまいます。」

結婚して、与えられた子どもを育てるという女性として当然の仕事をするのに、口ごもって、内緒話をするかのように恥ずかしそうに話さなくてはいけないとは、どういうことなのでしょうか。
子育てが最高の仕事、専業主婦が女性のあるべき姿、などとは全く思いません。専業主婦の道を選ばず、家庭外の職業で力を発揮し、生き甲斐を見いだす女性たちがいても良いのです。独身で行くことを人生信条としている方がいても良いのです。それはそれで良いのです。しかし、夫と子どものために全力を注いで家庭の中で専業主婦として生きる道を選ぶことを、恥じらうような必要は全くないと思います。

幼児は傷つきやすい


いじめのニュースがいよいよ深刻になってきました。いじめを受けた人が自殺をするまでに追い込まれてしまいました。このようなケースが繰り返されていることも衝撃的です。

 なぜ、簡単に暴力に走ってしまう若者がこれほど増えてしまったのでしょうか。このことを、調べるために大規模な追跡調査が行われました。最近の少年犯罪は、昔とは大きく違ってきたそうです。例えば、12歳と13歳の少年が、ただ人を死ぬ光景が見たいという理由でコンビニの駐車場で人を殴り殺すという事件が起こりました。信号待ちしていた車の運転手を集団で襲ったという少年たちは、その行動の動機を「俺たちのことをにらんだから。」と答えたのだそうです。

 専門家たちが、多くの時間をかけて得た結論は、「暴力行為は、加害者が子どもの時代に虐待され、放置された経験に関係している。」ということです。追跡調査の中で、濡れたおむつを何日も取り替えてもらえなかったり、ひんぱんに叩かれたり、やけどをおわされたり、適切に食事を与えられずにほったらかしにされたりという経験があった人が暴力行為に入り込んでしまう傾向があることを明らかにしました。医学的な研究からは、虐待されたり、放置されたりした人の血液中にはストレスホルモンが急増することがわかってきたそうです。そして、これらのホルモンが人間の脳の働きにダメージを与えるために、穏やかな考え方、感じ方、行動が取れにくくなるのだそうです。苦しんでいる人がそばにいても、共感する力が育っていないので、人間関係を育てることも苦手になります。
 幼児は傷つきやすい存在です。親を始め、周りの大人たちが彼らを守り、優しく接し、世話をしていくことを怠ったのならば、将来その子どもたちは手に負えない問題行動を起こし、社会に高い代価を払わせることになってしまうのではないでしょうか。これからも、今まで以上に幼児の心を大切に受け止めてあげましょう。

赤ちゃんを侮るな


「赤ちゃんの前で話すことばに気をつけたほうが良い。赤ちゃんを侮ってはいけない。」

 

大学で調査した結果が上のことばです。アメリカの大学で赤ちゃんに聞かせたことばを、赤ちゃんが覚えているかどうかを調べました。その結果、8ヶ月の赤ちゃんでも、聞いたことばは、良いものも悪いものも覚えているということがわかったそうです。

調査対象になった8ヶ月の赤ちゃんたちに、3つの物語を録音テープで10日間聞かせたそうです。その後、2週間たってテストをしたところ、赤ちゃんたちは物語に出てきた単語に明らかな反応を示したそうです。しかし、物語に出てこなかったことばには反応しなかったのです。この調査結果を評価した研究者のことばです。

「かなり幼い子どもでも、ことばに注意を払い、聞きなれた音を判別できることがわかる。親は、たとえ子どもがまだ何もわかっていないように思えても、気をつけたほうが良い。子どもに本を読み聞かせてあげると良いだろう。それが、ことばを学び身に付けていく第一歩になるだろう。また、音の種類を聞き分ける助けにもなる。」

ことばの習得は、1歳前から始まっているようです。8ヶ月の赤ちゃんはことばを覚えているのです。穏やかで聞きやすいことばをたくさん覚えていくのか、荒々しく聞きたくないことばをたくさん覚えていくのか。それは、親にかかっているのです。親は、努めて子どもに穏やかに話しかけたいものです。子どもは、親の話からことばを学んで行きます。今更、言うまでもないことですが昔から親たちはたくさん赤ちゃんに話しかけてきました。穏やかに、ニコニコしながら子育てに当たることの大切さは理解できます。が、忙しい生活を強いられている現代社会ではなかなか難しい事のようです。私たちの心の内を確認したいですね。

親として出来ること


精神科医師の海原純子さんが「大人の生き方、大人の死に方」と言う著書の中で、子育てに関することで次のように書いています。

 

「親だからといって子どもの進路を決定してはいけない。とりあえず学歴を、とりあえず・・・・、という親の期待が子どもの人生を空虚にすることも多いのだ。・・・・、親は子どもが本当にしたいことを見つけ、実現できるように手助けしてほしいと思うばかりである。そのためには、まず親自身が納得いく人生を送る必要がある。」

 

確かに、子育ての事を考えると、常に子どもの事に焦点が当てられますが、実はその背後に、親自身の問題が存在している場合が多くあるのです。夫婦の問題が家庭の雰囲気を作り、夫婦の問題が子どもの心に大きな影響を及ぼしていると見るのは正しいでしょう。多くの人々の問題を医学的な視点から治療してきた海原医師の指摘に素直に耳を傾けたいと思います。

さらに、ここで聖書の教えに目を向けてみましょう。子どものことを言う前に、まず親である者たちがぶどうの木であるイエス様につながり、そして、夫婦が互いに愛し合うことを薦めています。エペソ5:21~33に妻と夫にたいしての教えがまとめられています。夫婦が互いに従いあうこと。その上で、妻は主イエスに従うように、夫に従うこと。夫は、キリストが教会を愛し教会のためにご自身をささげたように、妻を愛すること。

母親が出来るわが子への最高の貢献は、母親が子どもの父親である夫に従っている姿を常に子どもに見せていくことです。そして、父親が出来るわが子への最高の貢献は、父親が子どもの母親である妻を心から愛している姿を見せることです。

願い事

 ある小学校の教師が6年生の書いた作文を紹介しています。この教師は、子どもたちに「私の願い事」という題を与えて作文を書くようにと課題を与えました。子どもたちが欲しいものや、将来の夢、あこがれていることなどを書くだろうと思っていましたが、結果は大違いだったそうです。驚いたことに7割の児童が、家族の事を書いたそうです。それも両親の不仲や家庭内の問題が多かったのだそうです。

 

 「お父さんが家に帰ってこない。早く帰ってきてほしい」

 「お母さん、今のボーイフレンドと別れてほしい」

 「お父さんとお母さんのけんかを無くしてほしい」

 「私には3人のパパと、3人のママがいる。パパとママを1人づつにしてほしい」

 「僕の3人の兄弟の父親はみんな違う。人生が複雑すぎる」

 

現代社会の家庭内にはストレスが満ち溢れているのでしょうか。大人にとってもストレスに対処することは難しいことです。まして、経験の少ない子どもにとって、ストレスは耐え難いことです。家庭内問題ほど、子どもたちの心を乱すものは無いでしょう。あらゆる面で子どもたちに影響を及ぼします。子どもの時の経験は、その子が大人になっても大きな影響を与えます。そして、更に次の世代へと引き継がれていくのです。

 

「お父さんとお母さんが仲良く、愛し合う姿を見たい」

 

これが、多くの子どもたちの願い事なのでしょう。将来、お子様が、「願い事」という作文を書くとしたならばどのような文章を書くでしょうか。

叱るべき時、叱るべきでない時

 この場面では子どもを叱らなくてはいけないという時があるはずです。しかし、この場面では子どもを叱るべきではないという時もあるはずです。どんな時に子どもを叱るべきなのか、ご両親は迷うことがあるのではないでしょうか。

例えば、このような場合は叱るべきでしょうか。『子どもが食事中にテーブルの上のコップを倒しました。コップの水は床までしたたり落ちます。子どもは、あわててコップを取ろうとして、今度はお茶碗をひっくり返してしまいました。、御飯がテーブルの上にまき散らかったようになりました。』

このような時、「バカね。何やってるの。しょうがないわね。何度言ったらわかるの。」と、続けざまに叱り飛ばされたら、子どもはどんな気持ちになるでしょうか。子どもは、未熟であることを忘れてはいけません。注意力もまだ十分には備わっていません。ですから、この例のような場合には、子どもを叱るべきではないと思います。「バカね。」という言葉は、特にいけません。この言葉は、子どものしたことに焦点を当てた言葉ではなく、子どもの人格を否定する言葉です。口癖のように使っているとしたらレッドカードです。「バカね。」は「お前はダメな人間だ。お前は能力がないのだ。」と言うことを突き付けているのです。何度も、繰り返して、「バカね。」とタイミング良く!言われ続けていると、その子は自信が持てずに、自分は人から認められない存在なんだと思い込み、ビクビクした性格を身に付けてしまうでしょう。

では、どのように言葉をかけてあげたらよいのでしょう。親が子どもの失敗を直してあげたいと思うなら、どうしたらコップを倒さないですむかを教えてあげるべきでしょう。例えば、「もう少し前で、遠くにコップを置けば倒れにくいね。ここが良いかな。今コップが倒れた場所に置いてあったらお母さんでも倒しちゃうかもね。」と言ってあげたらどうでしょうか。そして、次の食事の時に子どもがコップを倒さなかったら「きょうは、良く注意をしたね。コップが倒れなかったね。大成功だね。」とほめてあげるのです。「バカね。何やってるの。………」と言うよりもこのようにほめてあげることの方が、はるかに効果的だと思います。こぼしたという事実を指摘して、繰り返し繰り返し叱ることは改善につながらないのです。どうしたらこぼれなくなるのかという方法を教えてあげて、それが出来たら、たくさんほめてあげることで子どもは大きく伸びて行くものです。

「子ども叱るな来た道じゃ。年寄り笑うな行く道じゃ。」

親が子どもの言うことに従う?

子どもは親の行動を実によく見ています。どうしたら親を自分の思うようにコントロールすることができるかを考え、あの手この手で挑戦してくるのです。

少し前、ショッピングセンター内の100均ショップで3歳くらいの男の子が床に寝っころがって大泣きしている場面に出会いました。その子は、昆虫採集用の虫取り網が欲しいと言って、お母さんに駄々をこねているようです。私は、興味深々。ちょっと離れた所で、これからどうなるかと視線を送っていました。お母さんは、自分の買い物に夢中でしたが、泣き叫ぶ声に負けて子どものそばに近寄りました。そして、子どもに言い聞かせています。

「だめ。まだ、使えないから買わない。」

 確かに、3歳位の子どもには柄も長く、使いこなせそうにはないのです。「だめ」と言われた子どもは、更に大きな声を振り絞るかのようにして泣きわめきました。深刻な状況に向かいつつあります。お母さんも粘って、「だめ」を言い続けます。しかし、お母さんに「だめ」と言われると子どもの泣き声は反射的に大きくなっていきます。完全に、悪循環に陥りました。そして、ついにお母さんは言いました。

 「しょうがないわねー。これだけだからね。」

と言いながら、レジに向かいました。その時です。男の子の泣き声はピタリと止まったのです。あたりは静まり返り、一件落着です。

 さて、このお母さんの行動は、男の子に何を教えたのでしょうか。『大きな声で泣きわめき、泣き叫び続ければ、お母さんは僕の言うことを聞いてくれる』ということに違いありません。子どもを育てていくと、多かれ少なかれ、これと似たような経験をする親は多いのではないでしょうか。そして、このようにして、子どもが泣きわめき、泣き叫ぶ子どもに親が聞き従っていくならば結果はどのようになって行くでしょうか。これから先の親子関係で、主導権を握るのは親ではなく、子どもになってしまいます。思い通りにならないときには泣きわめき、泣き叫べば良い。泣きわめき、泣き叫ぶという方法で、子どもが主導権を握っていくのです。そして、将来思春期を迎える頃には、手の付けられない親子関係になってしまうのです。手が付けられない関係になってしまう前に、親の言うことを子どもに聞かせ、従わせることが大切です。親が子どもの言うことに従うのではありません。親の言うことに子どもを従わせ、適切な主導権を持つのです。