父との会話

父との会話

高校生の投書をご紹介します。

父との会話が途絶え心寒い
桶川市 高校生女子 15歳
『最近、父の顔をじっくりと見たことのないような気がする。朝、私が家を出る時、父はまだ寝ている。もちろん一緒に朝食なんて夢の話である。部活を終えて家に戻るのが夜八時ごろで、父の帰宅は毎晩十一時ごろ。私が部屋で勉強などしていると、「ただいま」と顔を出すが、私は顔も見ずに小声で「おかえり」と言って済ませてしまう。お互い疲れているせいか、ろくな会話もない。それで、一日が終わってしまうのだ。
本当にこれでいいのだろうか、と考えるが、しょうがないなとも思ってしまう。何の努力もせずにいると家族の絆(きずな)が薄れてしまうのも当然なのかもしれない。ほかの家でも似たようなものだという。あわただしい世の中で何か大切なものが失われているような気がしてならない。』  

一昨日は、全世界的に父の日でした。皆様のご家庭ではどのような父の日をお過ごしになられましたか。乳児期には、父の日や母の日についての理解は無理ですね。
しかし、幼稚園や保育園に入ると「日」の意味を聞き、祝うことを知るようになります。渾身の似顔絵や折り紙などをプレゼントされると親はもうメロメロになるのでしょう。

しかし、小学校、中学校と学齢が上がっていくと、だんだんと家族の会話が少なくなっていく。すると上記の投書のようになるのでしょう。このような家庭を望む人は誰もいないでしょう。
しかし、
「ほかの家でも似たようなものだ」と納得してしまう現実がある。いけない、このままではいけない。「何の努力もせずにいると家族の絆が薄れてしまうのも当然なのかもしれない」
という投稿者の危機感を共感するのか、それとも、我家では心配ないと言えるのか。

今から、頭の片隅に書き込んでおくことをお勧めしたいと思います。特に、お父様へ。